杣人伝 その38
やがて、正月の一日を迎えて、集落は慌ただしくなった。
2人がこの集落に来てから、この日からの祭事を行うために、山に麓にそれぞれの役目を果たすべく動き回った。
そして、いよいよ元日の夜、丸山は巫女付きの老女に案内され、ツルギが籠る竜門滝の洞窟に向かった。
竜門池の縁から、岩畳が滝の前まで続いており、その岩畳に沿って松明が炊かれている。
松明の灯りが、その先にある大きな岩に囲まれた入り口を赤く照らしているが、その奥に滝があり、その滝の裏に洞窟はあると言う。
老女は、滝へ続く大岩の入り口まで案内して帰って行った。
松明の明かりを頼りに、更に滝壷の裏にある洞窟に入った。入ったと同時に何かに圧迫されたような、同時に身体の中から熱い血が沸いてくるような感じを覚えた。
そのまま10メートルほど奥に進むと、8畳ほどだろうか、平らな岩の上に木製の床が貼られ、その上に獣のなめし皮で作られた敷物が敷き詰められ、松明の灯りを背にしてツルギが待っていた。
両脇の松明に挟まれる形で、奥の壁の前に鎧兜が数体と剣が祀ってある。
更に、隅の方には、頑丈そうな彫金の施された縦横1メートルほどの木箱が積まれている。
これが、聞かされていた良成親王とその重臣の遺品だろうことは丸山にも察しがついた。
剣を祀った棚の上には直径20センチほどの半透明の玉が飾られているが、これがこの村に伝わる、つがいの竜が残して行ったと聞かされた玉なのだろうか。
丸山は、数日ぶりにツルギを見て、何故か分からないが、彼に、天神宮に籠った時、夢に現れた竜を感じた。
今まで、竜という生き物の存在を信じた訳ではないし、架空の生き物として映画や絵に描かれたものを見ただけで、本物をみたことはないし、見たと言う人を聞いたこともない。
しかし、理屈ではなく、ツルギに竜が宿った、そう思えた。
ツルギは、洞窟に籠って以来、何も食せず、1日に1度、滝に打たれて身を清め、上京する前に行っていた通りの修練をこなし、今日の朝、初めて差し入れられた食べ物を口にしたのだった。
2人は、何も言わずお互いの白い衣装を脱いで、どちらからともなく手を取り、敷物の上に横たわった。
真冬だが、洞窟の中は松明のせいか、不思議と寒くない。
丸山は6歳年下のツルギを自分が導くつもりだったが、僅か1週間の間に、ツルギの身体も心も見違えるほど大人になっていた。
2人は、異性との交わりは初めてだったが、お互いに同じ生き物、同じ血を引く者同士ということを感じ合い、極自然に身体を重ねることが出来た。
松明に映し出された二人の影は、まさに雌雄の竜が交わる姿だった。
つづく