鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その39

   

 藤代は、八女市内のプラザホテルで、山田達が来るのを待っていた。
山田達と言うのは、東京の山田から依頼を受けた福岡支所のその後の調査で、地元の高校教師が二年半前に、矢部の山中で登山の際に怪我をして、不思議な村に迷い込み、その村人の助けで無事に下山することができたという情報から、その教師にも、今度のヘリでの捜索に同行してもらう段取りをつけたと、山田から連絡が入っていたのだった。
それにカメラマンの三宅も後で合流すると言う。

 やがて、山田と合流した藤代は、再び牛島の車で、その八女工業高校の教師だと言う加藤を含め、4人で矢部小学校に向かった。
 ヘリは直接、矢部小学校のグランドに降りることになったのだ。
社のヘリは小型で4人乗りだと言うので、パイロットの他に、藤代と高校教師の加藤、それにこの辺の森林に詳しいという、矢部森林管理事務所の藤島という森林管理員に同乗して貰うことにした。
 大杣公園一帯の森林は、殆どが国有林で林野庁の管轄らしい。
そのために、山中深くそのような隠れた集落があっても、今まで見つかることがなかったのか。
 藤代は眼下に広がる広大な森林を見て、そう思って目を凝らしていた。

 取り敢えずの飛行時間は1時間ということになった。
矢部村自体が秘境と思える奥地だが、まさにこの原生林こそが現代の秘境だ。
 今の日本に、みずきの言うような、時代に取り残された村が本当にあるのだろうか。
もしも、あったとしたら、戦後数十年ぶりに戦争から帰還した「小野田さん」以来の特ダネだろう。
 いや、それよりも、オリンピック選手並みの能力を持つ少年がいることだ。
普段から、落ち着きがあることで定評の藤代だが、さすがに気持ちも昂り、その村が発見されることに期待を膨らませていた。

 ヘリは、まず大杣公園の御陵の上から、御前岳に広がる森に沿って、低空飛行で跳んだ。
みずき、そして高校教師の加藤ともに、その集落は四方を山に囲まれた盆地のような所で、谷間には小川があり大きい杉の木が何本も立っていたという。
 そこに草ぶき屋根の家が20軒くらい建っていたという話も、2人合致した話なので、矢部から星野村、更には大分や熊本との県境まで、そういう所を探そうと飛んでみるが見つからない。

 1時間があっという間に過ぎて、燃料補給のため一旦出直すことにした。
グランドに降りると、一向に発見できないという連絡を受けた轟という若い森林管理員が、優れものの機材を持ってきてくれていた。
 森林で事故や遭難が発生した時に使う特殊なカメラで、木々などの緑を消去してその下の映像が見れると言うPC用のカメラだった。
 今度は藤代とその管理員が乗り込んで、探索撮影を開始したが、やはり肉眼では発見できなかった。
 その代わり、今度は御陵から10キロ圏内の谷と言う谷を殆ど撮影し、30分くらいでグランドに降りた。
 早速、撮影した画像をPCで解析が行われる。みんなが固唾を飲んで画面を見つめる。
「あった」あれほど何度も通過した谷だったが、杉の枝葉で完全に隠れていたのだ。
 ただ、簡単に行ける場所じゃない。
そこだけが陥没したように、まわりが崖になっている。
「こうなったら、訳を話して、地元の消防署に協力して貰おう。ヘリは着陸出来ないし、ヘリから綱を垂らして降りてもらうしか無いですよ」牛島が言った。
 確かに、道も無く、周りが切り立った山だから、陸路も無いはずだ。
みずきも加藤も、集落から麓までの道は、とう降りてきたのか分からないと言う。
 
 管理員の藤島の話では、大分の日田から、この一帯は江戸時代から「天領」と言って、幕府直轄の山林があり、明治になって国有地や民間所有の山林の登記がなされた時に、一部が漏れてそのまま残ってしまったところがあるらしく、恐らく、この谷もその部類で今まで誰も踏み入らずに放置された可能性があるとのことだった。
 管理員も配属される期間が決まっており、そのような所までは手が回らないということだった。

「まだ、この時間だから、今からでも市内まで降りて、市長に掛け合ったらいいですよ」と藤島が藤代に助言してくれた。時間は午後1時近くになっている。
 急がないと、また暗くなってしまう。
「それなら、私が市長に話しますたい」と言ってくれる牛島と共に、藤代は八女市役所に向かった。

つづく
 
 
 
 
 今の日本に

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