鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その30

   

 藤代は、八女市内のプラザホテルで朝を迎えた。
さすがに、昨夜少し調子に乗って飲み過ぎたかなと、藤代は洗面台で自分の顔を見ながら苦笑した。
 それでも、今日はいよいよ、追ってきた謎の少年に会えるのではないかという気持ちの昂ぶりを覚えていた。
 牛島は、9時に迎えに来るはずだった。
今日は、土曜なので、表通りも人が少ないようだが、これがこの町の日常なのかも知れない。
 やがて、牛島から携帯で、ホテルの下の駐車場で待っているとの連絡があり、ホテルには連泊すると伝えていたので、「行ってきます」とだけ伝えて、駐車場に下りた。

 牛島は、大きめのBMWの新型と思われる白いセダンの前に立っていたが、牛島が小柄なだけに、余計に車が大きく見える。
 牛島は、藤代を見て、運転席に座り込みながら、助手席に乗るように勧めた。
「恐縮ですね、こんないい車で」藤代はそう言って助手席に乗り込んだ。
 藤代は、牛島を紹介してもらう際に、牛島が新聞の配達店の経営をしているが、地元の昔からの資産家だと言うことを聴いていたので、心の中で、「なるほどな」と頷いた。
 車は、ホテルの前の国道442号を市街を抜けて、黒木方面と表示された郊外へと向かう。

 黒木町の更に奥が目的地の矢部村で、女優の黒木瞳は黒木町出身。栗原小巻は矢部村出身と、八女は美人の産地だと自慢げに話してくれた。
 そう言えば、八女と言う土地は、昔は八媛と呼んで、八女津姫という女神がこの土地を治めていたと、ホテルの観光案内に書かれていた。
 黒木町は、山に囲まれた盆地のような地形で、その中に1つの町が出来ている。
八女市と隔離されているからだろうが、道路沿いには結構、商店やスーパー、居酒屋などが並んでいる。この街に八女市の酒造の内、2軒があるらしい。

 藤代の母親は長野出身だが、小さい頃よく行った母の里の風景と似ているなと思った。
車は、その街中を抜けて、いよいよ山中に入っていく。
矢部川の上流だという川沿いに走るが、流石に水面の岩が見えるほどの清流だ。
 奥地という割には、道路はきれいに整備され、ちゃんと二車線を保っている。ただ、稀にすれ違うバスの中に目をやると、殆ど乗客は乗っていないようだ。
 牛島の話では、バスは通学時と昼間に2本ほどの運航で、市の方で大型タクシーを高齢者向けに運航しているとのことだった。
 牛島は、今朝から、昨日丸山一行を乗せたというタクシーの運転手を探し出し、三人が降りた場所を聞き出していた。
「大杣の御陵で降りたらしいですよ」
「御陵って何ですか」
「矢部の奥地に、後西征将軍という人のお墓があるんですよ」
藤代は、ホテルの部屋で見たパンフを思い出したが、お墓と聞いて、あの超能力少年と何の連想も出来なかった。

つづく

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