鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その27

   

 2人は、カウンターでコーヒーを飲みながら、自己紹介をして、藤代が改めて今回の目的とお礼を述べた。
 牛島は、「藤代さん、今日の内に、うちの者にホテルを当たらせていますから、その方たちが八女に来てあるのなら、明日には足取りは分かりますよ。いつもお世話になっている中村さんの紹介ですから、今日は今から八女市界隈を案内します。その後、シャワーでも浴びて貰って、7時くらいに迎いに行きますので、今夜は遠慮せずに付き合ってください」
そう言って赤ら顔の目を細めた。
 牛島は、思っていたより方言や訛りが少ないが、それでも言葉のイントネーションがちょっと違う。
恐らく、仕事柄、標準語を使う機会が多いのだろう。
 牛島に、地元の産物や民芸品を集めて展示しているという伝統工芸館や、城下町の名残だと言う白壁通りなどを案内してもらい、一旦5時半くらいにホテルに戻った。
 牛島は再び「7時に迎いに来ますから、ゆっくりしておいてください」と言って帰って行った。
 
 7時丁度に牛島が迎えに来てくれた。
福岡は、東京よりかなり陽の入りが遅いと聞いていたが、流石にこの時間だと、外はもう完全に暗くなっている。八女は、この時期の陽の入りが5時半くらいで、夏場は7時くらいまで明るいと教えてくれた。
「歩いて行ける距離ですから」とホテル前のバス停の前を通って、商店街のような所を歩いた。
「商店街のような」というのは、その並びの殆どの店が閉まっており、牛島が「昔は賑わっていたんですが、今はシャッター通りですよ」と苦笑いした。
「八女市と言う所は、戦後はみかんやお茶で栄えた町で、人口一人当たりの飲み屋が日本一と言われた時期があったんですよ。特に戦後のみかん景気は凄くて、八女市に合併する前の立花町には、あちこちにみかん御殿が建ったらしいですよ」
 歩きながら牛島の話は続く。
「そのみかん農家の連中や関東関西の市場の連中が飲みに来るので、この界隈にはバーやクラブがズラーッと並んでいて、芸者さんの置屋まであったんですよ。私らがまだ小学校の頃ですがね」
 話しながら、5分ほど歩いて、「ひよっとこ」というひよっとこの面を描いた居酒屋の前に出た。

 この「ひよっとこ」居酒屋というには相当大きい。東京にはなかなか無い規模だ。それに結構広い駐車場は車で詰まっている。
 これも、東京では見られない風景だなと思った。
お客は、車で来ることが多く、そのために代行運転の業者が多いと話してくれた。

「ここは、手羽先が看板の小さい店だったんですがね、今のオヤジさんと嫁さんが2人でこんな大きな店にしたんですよ。もともと、オヤジさんはスーパーチェーンの店長をやっていて、全くゼロからのスタートだったらしく、接客の評判の良さも、その辺の経験からかもしれません」
 やはり、この辺の店については、かなり詳しそうだ。
「さっき話したように、八女は昔から酒飲みが多くて、居酒屋も半端じゃないんですよ。特に八女の御三家と言われる、この「ひょっとこ」「八蔵」「食べ吾郎」の3店は予約なしじゃ入れないこともしばしばですよ」
 もう、店に入る前に話が止まらない。

「食べ吾郎という店も、夫婦で始めて、二人で頑張ってあんな繁盛店にしたし、両方とも嫁さんが出来ているんですよ。八女は嫁さんが偉いんです。食べ吾郎は、特に嫁さんの実家が魚屋とかで、それで魚が寿司屋並みに旨いらしいです」一息ついて、まだ続く。
「面白いことに、八蔵のオーナーはね、元はスポーツ店をやっていたんです。青木スポーツと言ってですね。それを今の社長が居酒屋に転換して、今じゃ筑後一円に何店舗も展開してるんです。先見の明というやつですかね」
 まるで、自分のことのように自慢げに言った。
「本当はね、今日が火曜じゃなかったら、藤代さんを「立花鮨」という寿司屋にお連れしたかったんですよ。東京から来たお客さんが、とにかく八女でこんな旨い寿司を食べれるとは思わなかったと、口を揃えて言うくらいなんですが、残念ながら火曜が定休日なんですよ」
「あと、洒落た店と言えば、以前からあるのが、私の先輩の息子がやっている「でん」、この頃出来た「カモ料理の葉山」「もつ料理のもつ蔵」「旬風」それから・・・・焼き鳥屋がまた多いんです」
 とにかく、居酒屋や焼き鳥屋が多いのはよく分かった。
牛島の話に相槌を打ちながら、周りを見渡すと、スナックらしきネオンも結構並んでいる。
 牛島は、ブツブツと残った店の名前を思い出しながら、その「ひよっとこ」を通り過ぎて、隣の小さな串揚げ屋の開き戸を開けた。

つづく

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