鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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杣人伝 その14

      2017/11/13

第六章 秘めた能力

 新学期が始まって早一か月余り経ち、私立品川高校も通常の授業に戻っていた。
三沢みずきも、あこがれの吹奏楽部の新入部員として、六月に開催される新人音楽祭に向けて、毎日放課後の練習に励んでいた。
 この音楽祭は、都内高校の吹奏楽部一、二年生の発表会のようなもので、特に成績を競うようなものではないため、みんなにそれほど力みはないが、やはり先輩達が築いてきた品高の実績があるため、練習にもそれなりの緊張感はあった。

 編入生の関矢も、みずきが見る限り、言葉は少ないがクラスのみんなとも適当に会話している様子で、特に違和感なく東京の高校生活を送っているようだった。
 ただ、関矢はスポーツ特待生として編入したと聞いていたが、クラブに入部している様子もなく、いつも授業が終わると帰っているのが不思議に思えた。
 みずきは、家の近くで会ったのだから、彼の家も近くにあるのだろうか。いつか訊ねてみようと思っていたが、なかなか機会が無く、その後も何度か土曜にミックの散歩に出かけたが、あれ以来出会うこともなかった。

 一度だけ、あの時と同じようにみずきを驚かせたことがあった。
歴史の授業中だった。想い耽ったようにずっと窓の外を見ていた関矢に、歴史担当の若手の男性教師が気づき、見つけたとばかり、関矢の頭目がけてチョークを投げた。
 みずきは、関矢がまだ窓の外を見ているので、これは頭に当たって、きっと驚くだろうなと思ったが、次の瞬間、命中したと思ったチョークは関矢の右手の二本の指に挟まれていた。
 関矢は、少し微笑んで投げ返したが、チョークは教師の後ろの黒板の溝に吸い込まれるように、コツンと音を立てて収まった。
 教師は、何が起きたのか一瞬固まったような表情を見せたが、「ナイスキャッチ」と、想定していた展開が外れ、ちょっと周りを見渡して、そう言った。
 周りの殆どの生徒はノートを付けており、関矢の席が最後列ということもあり、教師の「ナイスキャッチ」の声にも、チョークの音にも、何が起きたか気づいていない様子だったが、その始終を見ていたみずきは、まるで後ろにも目が付いているみたいだと思った。
 
 新学期も一か月を過ぎ、恒例の学校行事である校内陸上大会が近付いていた。
毎年この時期に、長距離、短距離競走そして、高跳びや幅跳びなど、地区大会の校内予選を兼ねて開催されているとのことだった。
 各クラスから、全員が強制的に二種目にエントリーすることになっており、みずきは走り幅跳びと百メートル走に、関矢は走り高跳びと十キロマラソンに出場することになっていた。
 みんな十キロマラソンだけは敬遠した。
発表されたコースは、運動場を一周した後、公道に出て白金を抜け、約二・五キロ先の有栖川宮公園を周回して、目黒の自然教育園脇を通って戻り、それを校門の近くで折り返すというコースを二週してトラックに戻るというコース設定になっており、とにかく坂が多いタフなコースなのだ。
 二周するのは、都内で比較的車の少ないことを条件に設定すると、一般の高校の校内大会で交通規制など出来ないので、一周で十キロのコースは無理があるのだ。だからと言って校内のトラックを何周も回るように、この競技だけでそんなにトラックを占有できない。そこで苦肉の策として同じコースを二週回すと言うことになったらしい。
 地元の生徒は、当然その辺の地理が分かっているので、何も知らない関矢をみんなが推薦し、関矢も何も言わず引き受けた。
 
 陸上大会の日が来た。
その日は、良く晴れていたせいもあり、普段は進学校として勉強漬けの校内は、いつもになく笑い声に溢れていた。
 運動場にはテントが張られ、生徒会や用具係、記録係、それに白い服を着た教師らが開会の準備に走り回っている。
 関矢校長の挨拶に始まり、体育教師の競技場の注意、生徒会長の大会宣言、そして準備体操も終わり、競技が開始された。
 午前中のフィールドが空いた時間を使って、十キロマラソンはスタートした。
各学年の各クラスから男女二名、計三十六名が出場するが、女子は一周五キロと決まっている。
 公道に出ると、要所要所に安全確保やコース案内を兼ねて、教師や係員が立っている。
人がいない所には、コースの方向を示す矢印を書いた紙が貼ってある。
 フィールド競技と違い、長距離走は一度グランドを出てしまうと、見物や応援する者もなく地味な競技である。

 グランドの競技も順調に進み、みずきはエントリーしていたクラス対抗の百メートルリレーを終え、もう一種の走り幅跳びが始まるのを待っていた。
 品川高校は、進学校としては知られていたが、スポーツの方はあまり振るわず、都内でも下位の方で、このような体育大会であまり目立った成績も出ていない。
 だから、和気あいあいと自分の種目をこなしていくというのが毎年の風景だった。

つづく

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